|
| 「デジタル放送の日 Dpa感謝の集い」を開催 |
|

|
|
|
12月1日(木)正午より、「デジタル放送の日 Dpa感謝の集い」が東京・港区の明治記念館(港区元赤坂2-2-23)「富士の間」で開催された。
これは、さる7月24日に岩手・宮城・福島の被災3県を除く44都道府県でアナログ放送を終了し、テレビ放送のデジタル化を大過なく達成することが出来たことをうけて、Dpaが御協力くださった皆様方に謝意をお伝えするために開催したもの。多岐にわたるデジタル放送の普及促進活動を反映して、プロ野球球団から鉄道会社、消費者団体、コンビニエンスストアなど幅広い分野から団体代表者、個人など約500人もの方々にお集まりいただき、大盛会となった。

冒頭、2000年12月1日以来の11年間にわたるDpaの普及活動を8分間に編集したビデオが上映された。
 間部耕苹Dpa理事長
続いてDpaの間部理事長が挨拶に立ち、
「この度の大震災で大きな被害を受けた東北3県を除く44都道府県において、去る7月24日にアナログ放送の停波を大過なく達成することができた。国民、視聴者の皆様のご理解とご協力によるものであり、合わせてここにお集まりの皆様の多大なご尽力の賜と心より感謝申し上げる。私どもDpaは、10余年にわたり、デジタル放送の普及推進活動を展開してきたが、その中で私どもは、多くの皆様のご支援をいただき成功するができた。本日12月1日は、デジタル放送の日、その日に当たりまして、皆様へ感謝の意をお伝えすることができることをたいへんうれしく思っている。
しかし、東北3県においては、地元の皆様の心を汲みながら、寒い中、昼夜を問わず活動を続けていただいている。あと4カ月になったが、私どもは、その間、完全デジタル化総仕上げのために全力を尽くすつもりである。引き続き、ご出席の皆様のご支援ご協力を賜りますようお願い申し上げる。」
と述べた。
 総務省 小笠原倫明 総務審議官
続いて、総務省の小笠原総務審議官が次のように挨拶した。
「10年間のビデオを見て、いろんな事を思い出し、不覚にも目がうるむ事もあった。BSデジタル放送開始から11年、地上デジタル放送開始から8年、決して長からぬ期間で、被災3県を除き、デジタル化が完了した。まさに国家的国民的大事業であった。外国と比べても条件が容易ならざる中で、当初の予定を一日も違えることなく実現できた。国の行く末が心配されている昨今、日本人にとって自信が持てることだと思う。間部理事長以下Dpaの方々には敬意を表するとともに、本日の感謝の集いに多くの方々に御礼を申し述べるために出席させていただいた。とくに1億3000万人、5000万世帯の国民、視聴者のご理解とご協力に御礼を申し上げなければならない。放送事業者の方々には、NHKや民放、全国127局を含め、全国津々浦々の中継局の改修などにご努力いただき、また、メーカーの方々には、安くて良質な受信機器や送信機の供給にご努力いただいた。本日、これから感謝状や表彰状を受けられる方々はもちろんのこと、多くの方から、無償の善意のご協力をいただいた。もちろん、第一戦のデジサポはじめ多くの方々の取り組みにより、この日を迎えることができた。被災3県のデジタル化は、来年3月まで残っている。これから、最後の取り組みとして、総務省としても最大限のサポートを実施していくので、今後も皆様のご協力を賜りたい。」
 松本正之NHK会長
更に、NHKの松本会長が次のように挨拶した。
「7月24日のデジタル移行を無事できたのは、本日ここにお集まりの関係の方々の御陰である。私は、今年1月にNHKにきたが、それ以前、このデジタル化の国家的事業を外から聞いていて、たいへんな事業だと思い、しかも、それが着々と進んでいると感じていた。実際にNHKにきて、最初にデジサポを訪問させていただいた。その時に作業が具体的なかたちで着実に進んでいることを拝見し、ある意味、自信を感じた覚えがある。また、私には、2歳から4歳の孫がいるが、あの人形を見て“地デジカ!”“地デジカ!”と言っている。先ほどのビデオにあったような様々な活動を通じて、国民的にデジタル化が周知され、子供にまで地デジカが人気になるまで、盛り上げてこられたことに敬意を表したい。
7月24日は、NHKのセンターで、ブルーバックになる瞬間を見て、役員全員で拍手をした。諸外国の人から、よく整然とできたなと言われる。これは日本だからできたことだと思う。7月24日は、ひとつの区切りではあるが、放送事業者にとっては、いかに、この機能を活用していくか、そして視聴者の皆様、国民へのサービスへつなげていくかが重要である。そういう意味では、7月24日は、ひとつのゴールであるが、スタートラインでもあると感じている。また、東北3県のデジタル化を直近に迫っているが、これについても皆様と一緒に進めてまいりたい。」
 広瀬道貞 民放連会長
民放連の広瀬会長は次のように挨拶した。
「ありがとうございました。こんなにうまくいくとは想像することができなかった。世界を見渡すと、日本はデジタル化の必ずしも一番乗りではない。アメリカをはじめ、十数か国ですでにデジタル化を終了している。しかしながら、日本ほど、高いハードルを立てて、切り替えを目指した国はない。切り替えの基準も、当初は普及率85%だったが100%になった。また、日本は、諸外国に比べても、ずば抜けてデジタル放送の性能を享受している。皆様のおかげで、このような素晴らしい放送インフラをつくっていただいた。私たちの恩返しは、これを生かして素晴らしい番組を送り出していくことだ。皆様に感謝申し上げるとともに、私たち放送事業者の新たな覚悟を表明して挨拶に代えさせていただく。」
 矢野薫 JEITA会長
JEITAの矢野会長は以下のように挨拶した。
「7月24日のアナログ放送の終了に向けて、デジタル受信機器や送信機の提供に努めてきた。昨年末の時点で、当初目標としていた、1億台の受信機が販売され、目標を達成していた。これも偏に、エコポイント等の多様な制度を駆使していただいた政府関係者、並びに機器の設置、アンテナの工事等を担当された販売店、施工業者の皆様、そして、何よりユーザーである国民の皆様のご支援ご協力の賜だと思う。本当にありがとうございました。また、一方で周知広報の面でも、デジサポ等と一体となった協力が、スムーズな移行を実現したものと思っている。残り東北3県、完全デジタル移行まで残り4カ月となった。引き続き皆様と協力してしっかりとやってまいりたい。デジタル放送は、いろいろな機能があり便利になった。たとえばデータ放送もそのひとつ。デジタル放送と通信ネットワークを組み合わせ、双方向のサービスも可能となる。新しい、もっともっと楽しい、使い勝手のいい機器や省エネ性能の優れた機器の開発に邁進していく。引き続き、ご支援ご助言をいただきながら、世界に冠たる日本のテレビをさらに発展させていきたい。」
続いて感謝状贈呈に移り、まず感謝状を差し上げる95団体および個人の皆様全員の名前を、普及活動の映像と共に読み上げた。そして、受領者を代表して全国消費者団体連絡会の阿南久事務局長が登壇し、間部理事長から感謝状を受けた後、
「この度は、このような立派な名誉ある感謝状を頂戴し、うれしくて光栄に思う。僭越ですが、皆様を代表して御礼を申し上げる。デジタル化は、まさに国民あげての総運動だった。私ども消費者団体は、最後まで知らされずに取り残される消費者が出るのではないか、また、消費者被害が拡大するのではないかと心配していた。Dpaや総務省の皆様と協力して、Q&Aや啓発のためのパンフレットを作成したり、各地の活動の中で、消費者の皆様へ理解を訴えたりといった取り組みを推進してきた。今日お集まりの皆様方が、同じ思いで各地でたいへんなご努力をされたと思う。また、心をひとつにした取り組みで、ここまで辿りつけたと思う。今日はそうした取り組みを喜び合い、褒め合って、次の残された課題の推進につなげていきたい。」
と述べた。
引き続いて全国44都道府県のデジサポセンターの貢献を讃えての表彰状授与式が行われ、各センター長の名前が読み上げられ、センター長は起立してこれに応えた。最後に代表してデジサポ沖縄の高良センター長が登壇し、間部理事長より表彰状を授与された後、謝意を述べた。
(左から)間部耕苹Dpa理事長、デジサポ沖縄 高良センター長 |
 |
これに続いて、活動継続中の被災3県(岩手、宮城、福島)の各デジサポセンター長が起立し、引き続いてのご支援・ご協力を会場に呼び掛けて、満場の拍手を受けた。
(左から)デジサポ岩手 大田センター長、デジサポ宮城 横尾センター長、デジサポ福島 相良センター長 |
 |

最後に在京各放送局の女子アナウンサーで結成された「地上デジタル推進大使」と「地デジで元気娘」村井まり、「地デジ芸人」テツ&トモが登壇しそれぞれ挨拶の言葉を述べた。そして、テツ&トモが賑やかに歌で地デジカを呼び出し、登壇した地デジカに対しても間部理事長より感謝状が贈られ、場内は大いに盛り上がった。
その後、全員での集合記念撮影が行われ、午後1時15分に会は終了した。
|
 |
 |